本当はやってみたい(笑)

同年代の男友達Aと電話で話したときのこと。かなり久しぶりということもあって、あれこれ盛り上がってしゃべっていた。
A「そういえば俺、最近怒らんようになったわあ。これも歳のせいかな」
私「せやなあ。私もこの頃あんまし腹が立たなくなってきたかも。ってか、腹を立てるだけ自分が損っていうのがよくわかるようになったわ」
A「ほんまに。でも未だにわけわからん事多いで。それでももう、『はいはい』って流せるようになったわ」
私「確かに」
A「でも、昔はよう怒ってたで。仕事場でも、家でも」
私「へ〜。そんな風に見えへんで」
A「俺、嫁はんに怒って、食事中思わず『巨人の星』の親父(古っ!)みたいになったことあるもん。ちゃぶ台やないけど、マジひっくり返した」
私「ええー! って、ちゃぶ台やないってことは・・・」
A「せや。普通のダイニングテーブルや」
私「マジ??」
A「もちろん、嫁はんにぶつけたわけちゃうで。腹立つからモノに当たっただけやけど。でも、自分でもようこんな力あったなあって、あとで思ったわ(笑)」

ひっくり返ったテーブルに、床に散乱するおかず、そして粉々の皿。
そんな情景が即座に頭に浮かんだ。
電話の向こうで笑う同級生。私もつられて笑ったけど、いや待て待て。

私「それって・・・そのあと自分で片付けたん?」
A「なんでやねん! 怒ってるのにするわけないやろ」

やっぱりな〜。
私が気になったのは、彼をそこまでさせた怒りの理由でもその後の仲直りの経過でもなく、テーブルとその他諸々のモノの行方だった。
「ええな〜、男は。女はやっぱりテーブルはひっくり返されへんわ」
思わず彼に言った。そりゃそうだ。もちろん、男性のような力もないが、例え物に当たってすっきりしたとしても、家族の中で、後でそれを片付けるのは紛れもなく自分なんだから。ぐちゃぐちゃになったおかずを拾い、お皿の破片を集め、掃除機をかけ、床を拭いて磨いて……。「なんでこんなことしたんやろう」冷静になった自分が、ため息つきながら片付けている姿が即座に目に浮かぶ。それこそ惨め。そう思ったら、テーブルにかけた手の力も抜けていく、ってものだ。
世の男性、女性、そして夫婦がみんなそうだとは思わないけれど、そういえば以前見たテレビドラマでも、喧嘩して旦那が壊したものを、嫁が泣きながら片付けていたぞ。
ああ、なんだか後のことを心配せず、豪快にそんなことができる男性が羨ましい……。

って、まだ私独身やん。あれこれ考える必要も資格もないのだけれど、まあもし将来結婚して旦那がテーブルをひっくり返すようなことがあったら(何よりそんな喧嘩は嫌だけど・笑)、絶対旦那に後始末はすべてしてもらおう。私は黙って横で見ていよう。そしたらきっと二度とモノに当たるなんて無駄なことはできなくなるはず。何事も最初が肝心だものね。え? あれ? もしかして私、鬼嫁の素質あり? 

投稿者 管理者 : 2008.11.13 | コメント (0)

友だちが友だちでなくなるとき。

 以前、友人との待ち合わせでカフェに入った。携帯に連絡があり30分ほど遅れるとのこと。仕方がないのでカフェラテを飲んで時間を潰していると、隣のテーブルに中年の男性が座るのが目に入った。向かいの椅子には先に二十代前半の若い女の子が座っている。即、彼女は立ち上がって頭を軽く下げ「先生、お久しぶりです〜」と挨拶した。おそらく大学か短大か何かの教授と生徒で、卒業後久しぶりに会った様子。多分女生徒が教授を呼び出した感じだ。教授らしき男性も、その笑顔と声のトーンで、久々の再会をとても喜んでいるのがわかる。そうしてふたりはにこやかに近況報告を始め出した。

 半分気にも留めずにカフェラテを啜りながら携帯をいじっていると、スーツを着たサラリーマン風の若い男性がこちらにやってくる。彼はそのまま隣のふたりがいるテーブルで立ち止まり、ぺこりと頭をさげ、彼女の隣の席に。「●●の上司で△△と申します。●●からお話はかねがね…」のような挨拶言葉とともに名刺を差し出した。『へ? 何で彼女の上司がここに?』と思い、それからもう視線は外しながらも耳はダンボである。聞いていれば、上司らしき男性はどこかの毛皮会社の社員のよう。あれこれと教授らしき男性におべんちゃらをいいながら商品について語り、そのままショップか何かへ強引に誘導しようとしているではないか。『おいおい、ちょっと待ってよ、結局勧誘のために先生呼び出したの?? ひどいやん!』と思わず顔を上げると、見る見る表情が強張って行く教授の顔が。それでも勧誘をやめない上司男性と(マニュアル丸わかりの下手っくそな営業トークで)もじもじしながら上司に相槌を打つ女性と。思いっ切り哀しそうな教授の顔を見ると、思わず私のほうが横から『ちょっと、いい加減にたら?』と言い出したくなった。けれどその必要もなく、教授は途中で話をさえぎり、最初この席に着いたときとはまったく正反対の硬い表情ですくっと席と立ち、足早に店を出て行った。

 そのあとすぐ待ち合わせの友人がきたので、テーブルに残ったふたりがどうしたかは知らない。けれど、今でもあの哀しそうに強張った教授の顔が忘れられない。教授はきっと、そんな風な話をされるとは更々思わず、きっと久しぶりに教え子の顔が見られると喜んで時間を作ってやってきたのだろう。それがふたを開ければ勧誘だったとは。もし正当な商売というなら、なぜ、最初から彼女は商品の営業で会いたいとはっきりいわなかったのか。人の情を利用したその卑怯なやり口にとても憤りを覚えた。無関係な私であっても、あの教授の心境を思うと今でも胸が痛くなる。とても後味の悪い出来事を見てしまった。

 私自身も数年前、幼稚園の同級生と超久々に会って意気投合し、数日後自宅へ招かれたので喜んで伺ったことがある。幼稚園の仲なんて滅多にないので嬉しくて、あれこれ楽しく話をしていたら、いきなり「本題はここから」といわれ、ねずみ講で有名な某社の商品購入やビジネスへの勧誘が始まった。最初は何のことかわからずしばし呆然としていたが、結局勧誘目的で誘ったのかと理解すると思いっ切り哀しくなり、あの教授と同様話もそこそこに席を立ち、夕食のご馳走(結局はその商品を使って料理し、さらにアピールする話だったようだが)も断って早々に帰宅した。思い出話が『本題』だとばかり思い、あれだけ楽しく喋った自分が情けなくて、とてもショックだったことを覚えている。
 
 まったく、人の好意や感情を逆手に利用して、踏みにじってでも行う商売って何なの、といいたい。そんなビジネスで儲かって(儲かるわけはないけれど)、それで嬉しいのだろうか。それ以来、私と友人は音信不通だし、きっともうあの教授と女生徒同様、信頼関係が元に戻ることはないだろう。
 何より、本当にいい商品なら、そんな情につけ込むようなことをしなくてもちゃんと売れるはず(確かに毛皮は高価だが)。そんな口コミという隠れ蓑を使ったねずみ講まがいの胡散臭いビジネスで売らなくても、本当にいい商品なら正々堂々と流通に乗せればいいのだ。商品がよければ、時間がかかったとしても、必ずお客はついてくるはずである。信用を無くす彼らの行為は、かえって自分たちの商品に泥を塗っているようなものではないか。音信不通になった友人が、そしてあのふたりが、今どこかでそれに気がついて、軌道修正してくれていればいいなと思う。

投稿者 管理者 : 2008.10.23 | コメント (0)

連綿と

先日久しぶりに母と二人で、外で食事をした。場所は地元の友人がやっているイタリアンレストラン。他愛ない話でもそこは女同士、わいわいと盛り上がった。店には次々とお客様が入ってきていたが、美味しい料理と話に夢中でまったく気にも留めていなかったら、いきなり「○△!!」と私の苗字を呼ぶ声がした。中学時代の同級生の友人である。まさかこんなところで会うなんてとびっくりしながら、「母です」と紹介すると、目を丸くしたまま開口一番「ソックリ!!」と返されてしまった。その驚きようにこちらのほうが驚いたが、そういえばさっきもお店の奥様に「似てはりますね」と言われたばっかりだった。


「えーっ!えーっ!」というのはココロの中の叫び声である。「じゃあまた」と奥の席へ向かう友人を見送ったあと、どうも腑に落ちない顔をしていたのだろう。母は「私のほうが嫌よー。私があなたくらいのときはもう少しマシだったわよ」と言い放った。チョットチョット失礼な〜!! それはこっちの台詞といいたいところだが、未だ嫁にもいってない娘はどうも立場が弱い。


しかし、なんで『似ている』といわれるのが嫌なんだろう。もちろん決してキレイではないけれど、母の顔が嫌いなわけじゃない。そう、実際に似ていることが嫌なのではなく、その一言で自分の行く先を強制的に見せられているような感じが嫌なのだ。まだ見ぬ未来に選択肢がない、というのはどうも面白くないではないか。


私に強気な発言をした母も、「そういえば最近、兄弟から『おばあちゃん(母の母)に似てきた』っていわれるのよね」とため息をついた。数年前、90歳で亡くなったおばあちゃんの顔が蘇る。そっか、母も私と同じ気分なんだな・・・・・・。え、ちょっと待ってよ。
母がおばあちゃんに似ていて、その母に私が似ているってことは・・・


美味しいイタリアンを前に、ちょっと複雑な気持ちになった夜だった。

投稿者 管理者 : 2008.7.31 | コメント (0)

ちょっといいできごと

先日、昼間の電車内での出来事である。ちょうど私学の小学生の下校時間と重なったようで、車内にはランドセルに制服姿の男の子と女の子のグループ(小学校1年生くらい?)が居て、ワイワイ騒いでいた。眠かったのと、騒がしいのは苦手なので、その集団を避けるように隅に座って目をつぶった。案の定、電車が動き出すのと同時に、小学生軍団のキャッキャという騒ぎ声が耳に入ってきた。気になって目をやると、あっちでは男の子同士で小さな喧嘩が勃発し、こっちではグループの大将らしき男の子が何人か男の子を引き連れ、つり革にぶら下がって大声を上げて遊んでいる。


『あ〜、やだな〜。うるさいなあ』違う車両に移ろうかと思ったが、下車まであと数駅。もうそれも面倒だな、と目をつぶってやり過ごすことに決め、あとは知らん顔で過ごしていた。
次の駅で、私より少し上と見られる女性が乗車してきた。騒がしさを知らない女性はたまたま空いた小学生軍団の席の前に座り、私と同じくすぐに目をつぶって座席の手すりにもたれかかっていた。


電車が発車してまた小学生軍団の騒ぎが復活。同じ車内の大人を見て、みんなよく耐えているなあ、なんて思っていたら、急に騒ぎのトーンが下がった。あれ? と思って目を開けたら、さきほどの女性が、グループの大将を捕まえて注意をしている。


「あのね。電車の中は静かにするところなのよ。うるさくしていると、ほかのお客さんが困るでしょう。わかる? ここは遊ぶところじゃないのよ」


そういう彼女を見て驚いた。席から話すわけでも、立って彼らを見下ろして話すわけでもなく、ちゃんと膝を曲げて腰を下ろし、両腕で彼の両肩を持って顔の位置を同じにし、しっかりと目を見ながら話しているのである。芯の通った強い声で、あくまでも穏やかに。
さすがにやんちゃな大将も、大人しく彼女の話を聞いている。真剣な眼差しに、子供ながらも目をそらせないのだろう。その様子だけ見ると、学校の先生と生徒という感じで、「もしかして知り合い??」と思うほどだった。


「さあ、おばちゃんは次の駅で降りるからね。でも、もう騒いだらあかんねんよ。わかった?」最後までしっかり目を見て話す彼女に降参したのか、大将は小さな声で「はい」と答えて頷いた。それを聞いた彼女はようやく立ち上がり、笑顔を見せてから、ちょうど到着した駅に降りていった。
ドアが閉まると同時に「あのおばちゃん、誰やろう?」と大将。やはり知り合いではなかった。でもそれから彼らは急に静かになって、大人しく席に座っていた。あれだけ騒いでいた小学生も、注意されたことは恥ずかしかったのだろう。急に回りの大人の存在を意識したのもあるかもしれないが、それ以後車内は平和だった。


ここのところ、暗いニュースばかりが飛び交っている。大人であっても子供であっても人に関わることがどんどん難しく、面倒な世の中になっている。そんな中、ほんの数分の出来事だったけれど、なんだかいいものを見せてもらったような気がした。怒るのでもなく、叱るのでもない。自分の子供ですら注意できない親が増えている世の中で、ちゃんとよその子供に『いけないこと』を『教える』ことができる大人に出会えたことは、ちょっと心の救いになった。かといって、では彼女と同じことができるかと問われたら、正直返答に困るのだけれど……。そんな私には何も言う資格はないのかもしれない。でも、小学生の彼が、両肩に添えられた彼女の手のぬくもりから、少しでも何かを感じ取ってくれていたらいいな、なんて思いながら電車を降りた。


投稿者 管理者 : 2008.6.19 | コメント (0)

久々にダイビング

4月半ばのこと。ほぼ貫徹状態で仕事先に向かった。前日、気になっていた家の雑用に取り掛かったら途中でやめられず、夜中の3時を回ってしまった。慌てて布団に入ったものの、その後ほとんど眠れないまま、朝を迎えてしまったのだ。朝の5時の時点で、やばいとは思ったけれど、眠るのはあきらめた。ここで眠ったらもう起きる自信がなかったからだ。


約束の時間に取引先の人と駅で待ち合わせ、打ち合わせのある別の担当者の事務所に向かった。なんとなくボーっとするなあと思いつつ、「今日は気持ちいい天気ですね〜」なんて世間話をしながら歩いていたら、いきなり視界がナナメに大きくブレた。えっ? と思う間もないうちに、ものすごい勢いでアスファルトに膝からダイビングしていた。簡単に言えば、思いっきり大胆に転んだのである。足元の小さな段差に気づかず、踏み外して大きくバランスを崩したのだ。


「大丈夫ですか?」取引先の人が慌てて顔を覗き込む。こんなにダイナミックに転ぶなんて、小学校以来のことである。何? 私どうしたの? と思いながらも、頭の中は恥ずかしさと『その場を軽くおさめなければ』という思いでいっぱい。友人なら自ら大笑いしてやり過ごすのだが、相手は仕事先の人。しかも、この春からお付き合いを始めたばかりで、本格的な打ち合わせは今日が初めて。『笑って誤魔化すこともできない・・・。いや、今笑いたいのはきっと向こうのほうやろうな』などと一瞬のうちに考えながら、とにかく何事もなかったかのように素早く立ち上がってみせた。


「大丈夫です! 大丈夫です! ごめんなさい!いや〜、お恥ずかしいです」と即座に笑顔を作り、膝についた汚れをはらって、サクサクと歩き出した。その様子を見て安心してくれたのか、取引先の方は「怪我してないみたいでよかった〜」と言って、もうそれには一切触れずに事務所に向かってくれた。


「たぶん、擦り傷できてるな・・・。血が出てるかもしれないなあ」頭の奥でそんなことを考えながら事務所の扉を開けた。幸いその日はパンツスタイルだったので、傷は外には見えない。胸を撫で下ろしながら受付で担当者が来るのを待っていた。椅子に座って、膝小僧がまだ汚れてないか確かめようと手を伸ばしたら・・・・・・・・
ガーン!!
なんと10円玉くらいの大きさの穴が開いていたのである。しかも、両膝とも!


『は、はずかし〜〜!!最悪や〜〜!!』
大のオトナが仕事先で両膝の破れたパンツを履いているのである。『転んだだけでも充分ネタなのに、パンツまで破けたなんて。今日が初めてなのに、私はどこまで取引先に笑いを提供するんやろ・・・ってか、ほんまに恥ずかしい』。お気に入りのパンツが破れたショックよりも、それからは『どうやったら誰にもこの破れた穴がバレないか』ということばかりが頭を占めた。ラッキーだったのは、まだ春先だったのでコートを持っていたこと。カバンとともに椅子の横に置いていたコートに手を伸ばし、即座に膝にかけた。そして、立ち上がるときも不自然なくらい手前にコートを持って膝が隠れるようにした。


打ち合わせが終わっても、席を立つときは先にコートを持って膝を隠してから。通常は立ってカバンを持ってコートという順だが、まったく逆。駅に向かうまでも、電車の中も、常にコートが膝の前になるようにして移動した。運良くその日は直帰。普段なら嬉しくてどこかに立ち寄るのが普通だが、その日は真っ直ぐうちに帰った。


部屋着に着替えて驚いた。左の膝はしっかり血が流れた跡があり、そして両膝とも赤紫に大きく腫れていたのだ。特に右膝の腫れは大きい。
面白いのは、それからである。「イ・・・イタぁ〜〜!!」それまでほとんど感じなかった痛みが、ドドーンと一挙に押し寄せてきたのだ。今までスタスタと歩いていたのに、もう足を1歩出すのさえ痛い。
そこで思わず私は感心してしまった。
オトナになるというのは、すごいことだと。『恥ずかしい』との思いから出る脳内物質は軽々と痛みをも制するのである。麻酔に匹敵するくらい、強い力で何時間も。見事な効き目である。


あれから1ヶ月半。なんと、まだ右膝にはアザがあり、にぶい痛みが残っている(残念ながら、恥ずかしさの消失とともに、二度と脳内物質は放出されることはなかった)。そう、『傷の治りが遅い』ということも、確かにオトナ(?)になることだったと実感させられている今日この頃なのである。もちろん、20代の頃のように軽々と『徹夜もできない』ということも・・・。


投稿者 管理者 : 2008.5.29 | コメント (0)

ウルサイですか?

先日、近所の本屋さんに行ったときの話。些細なことかもしれないけれど、気になったこと。久々休みをもらった平日の夕方、友人との待ち合わせまで時間を潰すつもりで、特に目的の本もなく店内をうろうろしていた。何気に雑誌を手にとって中を見ようとしたら、あることが目に留まった。それは、隣に立っていたスーツにネクタイのいかにもサラリーマン風の男性。年は30代後半から40代前半くらい。熱心にインテリアの雑誌を立ち読みしている。平日のこんな時間に暇なんだなあ、なんって思っていたら、その男性、自分のビジネスバッグを平積みされている本の上に、ドーンと堂々と、しかもしっかり寝かせて置いているのである。

「ちょっと待ったーーーーっ!!」

と言いたかったが、残念ながら心の声止まり。ひょろりとした小柄な人だが、相手は男性。一見爽やかそうな顔をしていても、今のご時世、相手はどう出てくるかわからない。『それは売り物やで!!商品やで!! それが高価な宝石やったら絶対そんなことできないやろ? なんで? それ、若い女の子が読む結婚情報誌やん。絶対買わへんはず。そのカバンで汚れてしまった本を誰が買うのよ〜』私の目からは真っ赤に燃える怒り光線が発せられていたに違いない。が、相手は全く気づかず、変わらず熱心に雑誌を読んでいる。

もう少しで待ち合わせの時間。『黙れ、私の心! もういいやん。何れ帰るだろうし、私がいちいち怒る必要もないよ』そう言い聞かせて私も雑誌を読んでいたが、いつまで経ってもカバンは本の上のまま。どうも気持ちがおさまらない。よし、それなら店員さんに一言伝えて、それから店を出よう。そう考えてレジに向かった。
が、そこに居たのはまだ10代にも見える、学生のアルバイト女性二人。あどけない表情からは、サラリーマンのおじさん相手にスムーズに対応するなんてこと、考えつくようには思えなかった。『あちゃ〜。これじゃ、きっと話にならんなー』ってことで、レジの前で回れ右した。

そろそろ時間、もういいか、見てみぬふりしたって別にいいよね。こんな些細なことで事を荒げる必要ないよね、さ、店出ようか・・・。ともう一度その男性のほうを見たら、

まだ読んでる。まだカバンある・・・。しかもへらへら笑っている。

回れ右した足が、出口ではなく、男性の方向へ向かって踏み出した。
いったん男性の隣に立って、さっき見ていた本をもう一度手に取る。

ええい、もう、これしかない!!

私は手にした本を戻し、「すみません」と言いながら男性のカバンの下の雑誌を抜き取ろうとした。『結婚情報誌だよ。今見る必要なんて、私もないわ』と思いつつ、取った。

男性はようやく気づいたのか、「あ、すみません」と言って、カバンを手に持ってよけた。『よかったー! やっとわかってくれたのね〜。ほんと雑誌がかわいそうやったなあ。その本が出来てここに来るまで、どんだけの人間が関わっているか、そんなこと考えたりしないんだろうなあ』と胸をなでおろそうとしたら、なんとその男性、隣の本の上にまたカバンを置こうとしているではないか!! おいおい!!

私はカバンから視線をはずせなかった。というか、たぶん人様からみたらカバンを睨んでいたと思う。強い視線にさすがに男性も気づいたのか、こちらを振り向いた。

その瞬間、思わず
「あの・・・そこに置かれないほうがいいんじゃないですか」

と言っていた。
心の声が、ようやく本物の声となって口から出た。

男性は驚いた顔をして、「そ、そ、そうですね」と頭をかきながら、やっとカバンを自分の足元に置いた。

よかった・・・。それが普通やん・・・。

『あ、もう時間だ・・・』とはいえ、男性の手前、手に取った雑誌をすぐに置くこともできず、今の私にはさっぱり関係のない誌面をしっかり読んでいるフリをしながら、ぎりぎりまでそこに立っていた。

え? 私ウルサイですか? 
もしかして、やかましいオバサンになってますか?(汗)
怒りがおさまったら少し恥ずかしくなってきた。いや、でも、やっぱり自分の売っている商品の上に平気でカバンを置かれたら、嫌だしなあ・・・。
待ち合わせ場所にちょっぴり複雑な気持ちで向かった私だった。

投稿者 管理者 : 2008.5.08 | コメント (0)

あっぱれ!

先日、ネットで色々調べ物をしていたら、ひょんなことから『オノ・ヨーコ』の関連のサイトに偶然行き着いた。興味本位で覗いてみたら、2月某日の誕生日パーティーの様子が数点の画像とともにアップされていた。なんと彼女は、胸元をぎりぎりまで露出したカットソーにゴージャスな羽のストールを巻き、タイトなパンツ、そしてヒールといういでたちで、息子ショーンのギターをバックにシャウトしているではないか! 75歳でこんな風にできるなんて、ほんとカッコイイ! 同じ女性として羨ましい限りである。そのまま彼女に関連したサイトを辿っていくと、某SNSで彼女は、なんとまた胸元を大きくカットしたトップにミニスカート、ハイヒールという姿をトップ画像にしていた。70代でミニスカートとはさらにびっくりである。似合うも何も、これもまたカッコイイではないか!

日本で『75歳』といえば、一般的には老人の域である。確かに、『オノ・ヨーコ』だからできること、やれることであって、一般の70代の女性が街をミニスカートで歩いていたら、よほどのことがない限りみんな引くのは当然だ。先ほどの誕生日パーティーの画像といい、このミニスカート姿といい、ぶっちゃけ『やりすぎ』とか思われるひともいるだろう。でも、私的にはOKだ。あっぱれ! さすが! といいたい。昔、ジョンとのハネムーンか何かの映像を観たことがあり、確かそのときもヨーコはミニスカートをはいていた。その姿を目にしたときのほうが、『これってちょっと若作りしすぎやん』なんて思ってしまった(多分ヨーコは40前だったはず)。けれど今回のほうがそうは思わない。当時から25年以上経った今のヨーコのほうが、きっとミニスカートをはいてもカッコよく見えるくらいパワフルに歳を重ねているからだろう(ポールとの確執やビートルズに関する様々なバッシングも多かったはず。それについてここであれこれいうのは避けるが)。『ラブ&ピース』を掲げ、強い意志で前進してきたからこそだ。同じ女性として、70代になってもあんな大胆なファッションをして『カッコよく』見せられるくらい、前向きな生き方ができたらなあと思った。いまだ『独身おひとりさま』で、これから『40歳』の壁にぶち当たることを考えるたび、しょっちゅうアタマが痛くなっていたが、このヨーコの姿に、なんだかその壁を越える元気をもらえたような気がした。自分次第で、その壁のむこうにもっとわくわくする出来事が用意できるような。いわゆる『アラフォー』から先が、今までよりもちょっと楽しく考えられそうに思えた。

まあ、私がオノ・ヨーコの歳になる頃は、最近話題になっている再生医療なんかももっと進歩して、今よりずっとアンチエイジングの研究も進んでいるだろうから、もしかしたら70代のミニスカートなんて当たり前、みたいな時代がやってきているかもしれない。今この現状でミニをはく勇気など出ないけれど、将来そうなれば、私もちょっとくらいトライしてみてもいいかな、なんて(笑)。

投稿者 管理者 : 2008.4.24 | コメント (0)

それはいつから??

先日、小学校からの幼馴染みの男友達と久々にご飯を食べた。その彼が友人として連れてきたのは、隣の高校に通っていたという男性。私は初対面だったが、高校時代噂で名前は聞いたことがある。二人とも子供はすでに大きく、今は立派なお父さんだ。ぎこちなかったのは最初だけ、同じ歳ということでその場はあっという間に盛り上がった。お酒も入り、幼馴染みを介しているということもあってか、話しているうちに意気投合。どんどん遠慮がなくなり、容赦ない台詞も飛び出してきた。私が独身で一人暮らしだと話すと、「ホンマに? マジで?」といわれ、はっきり「それは不幸やなあー。ご両親可愛そうやで」と。挙句の果てには「この歳なったらオバハンやで」とも。そこからはことあるごとに「オバハン」の連呼。「俺もオッサンやけどな」と付け加えつつも止まらない。まあ、半分面白がって言っていることも承知なので、「失礼なー!」と大笑いしながら反撃。なんやかんやいいつつも賑やかに宴は終わった。


楽しい宴だったのだが、酔いが醒めたら小さなショックを受けている自分に気がついた。結婚してないことを「マジで?」といわれるのは、もう何度も経験済みでさらりとかわせた。『不幸』やら『親泣かせ』も何度も聞いたのでハイハイハイとやり過ごせた。幸せなことに、今まで自分を不幸だと感じたことは一度もないが、ま、親泣かせは事実だから仕方ない。が、問題は『オバハン』である。いや、女も30代後半にもなれば、もちろん世間的に『オバハン』といわれる年齢なのは認めよう。でも、そんなことを思っても言わさないくらい、気持ちは若いつもりでいた。見た目も、そんな言われ方をするほど老け込んではいないつもりでいた。その日だって幼馴染みとの久々の会だったので、それなりに身奇麗にしてオシャレもしていたつもりである。結婚してないことにドン引きされるのも、親不孝なことも流せるのに、『オバハン』だけはどうも合点がいかなかった。年下に言われるなら納得もできるが、同級生に言われるのはどうよ、というのが本心である。


あ〜、なんでこんなにショックなんだろうと自問自答してみたら、簡単だった。『まだ、結婚してないし』『まだ、子供も生んでないし』。そう、自分には『まだ』が多過ぎるのである。自分の中で持っていた『オバハン』の定義に自分は当てはまっていないからなのだ。あ、誤解のないように! 結婚して子供を生んだから『オバハン』になるのではない。でも『オバハン』とは、そこは軽く通過し、その後何もかも経験してから、どこかで“もういいや”と女と決別してしまったときになるものだという認識が、私にはあったのである。だから、念を押すように、いや、烙印を押すようにその言葉を連呼されると、冗談でも納得できなかったのだ。


『まだ』を理由に、『オバハン』になることも、もちろんそう呼ばれることもできれば『拒否』したいのだが、世間はそう甘くはない。悔しいけれど、同級生との宴の席で、自分の『オバハン』の認識が甘いことがよくわかった。
いっそのこと、いつ来るかわからない出来事に期待を寄せて『まだまだイケルはず!』なんて幻想を抱くより、『シングルで仕事を友に人生突っ走ってやる!』と腹を括ったほうが、ラクに生きられるのではないか。なんて自分に問いかけてみるが、日ごろ“負け犬だって”と反撃している私でも、そんな強い覚悟は『まだ』できないでいる。
ああ、女の人生って難しい・・・。

投稿者 管理者 : 2008.3.27 | コメント (0)

モノより、思い出。

先日、高校の同級生の友達と久々メールでやりとりをした。彼女が1月の連休にシンガポールに行った時のこと。なんと泊まったホテルには、母校の高校(公立)が修学旅行で来ていたという。今どきの修学旅行は公立でも海外か、と驚いた。女生徒たちは、ホテルのプールに『スクール水着』で入ることに凄く文句をいっていたとか(笑)。おいおいなんと贅沢な。高校の同級生みんなで一緒に海外旅行なんて、そんなゴージャスな思い出を作ってもらえるだけでもいいじゃないかと思う。私達の高校時代は、『信州にスキー旅行』でみんなもうワクワクしていたくらいなのに(笑)。そういえば、と、私たちの修学旅行でのある『出来事』を思い出した。

確か3泊4日の信州スキーツアーだった。私自身、スキーは初めてなので心躍らせていたものだ。当日は列車移動で、1クラス1車両の形で乗っていたのだが、普段男女仲がよくない自分のクラスでも、このときばかりは和気藹々としたムードが漂っていた。途中、私はふたつ奥の車両にいる別のクラスの友達のところへ遊びに行こうと思い席を立った。ひとつめの車両の扉をあけると、なぜか静まり返っている。というか、生徒がいない。え? と思って見たら、奥の座席にそのクラスの男性の担任と、数人の女生徒が座っているだけなのだ。担任は校内でも面白くて人気の世界史の先生だが、とても意気消沈した表情で窓の外を眺めている。女生徒たちも、暗い。修学旅行なのに何で? 何これ? と思いつつそのまま通路を歩き、何も聞けず友達の車両へ。やっと(?)辿り着いて友達に聞いたところによると……その前日、このクラスのほとんどの生徒が、修学旅行の『前夜祭』として飲食店で盛り上がったらしい。そこで数人が『飲酒』して騒いでしまった。それが生徒指導部にバレたらしく、即、『修学旅行』の参加を取り消され、『学校謹慎』を言い渡されたという。最初は飲酒した生徒だけだったのが、一緒に集まった生徒も責任を感じて自ら学校謹慎を申し出たそうだ。もちろん担任は、みんなで修学旅行に行けるよう出来る限りの努力はしたが、ダメだったとのこと。それであの車両はガラガラで、いつも面白い先生が本当に抜け殻のような暗い表情をしていたのだ。
なんだかやりきれない思いを抱えたまま、3泊4日を過ごしたのを覚えている。違うクラスとはいえ、きっとみんなそうだったと思う。確かに、未成年の飲酒はいけないことだけれど。みんな一緒に行きたかった。同じ楽しみを味わって、同じ思い出を作りたかった。あのときの担任の表情が、未だに目に焼きついて離れない。
 今となってはもう半分笑い話だ。それくらい時間も経っている。でも、歳を重ねた今だからこそ、もうちょっと何とかならなかったかとも思う。処分なんて、修学旅行から帰ってからいくらでもできただろう。もちろん、何度も言うが未成年の飲酒を認めているわけでもないし、彼らのやったことを肯定するわけでもない(今のほうがもっと問題になるだろう)。でも、何も一生に一度の『修学旅行』を奪わなくても。今だからこそ、そう思う。

スクール水着でシンガポールのプールなんて、これから先二度と出来ない。それこそ一生の記念、いい思い出じゃないか。普通の水着でも恥ずかしい歳になった私からは、羨ましい話だ(汗)。何より、スクール水着でも充分きれいに見える、弾けるような『若さ』がある。それは本当に『高校生』のそのときだけなのだから。

投稿者 管理者 : 2008.3.06 | コメント (0)

なんだかなあ

ずいぶん前から銀行の通帳が繰越さなければ記帳できない状態になっていた。近所のATMでは『通帳がいっぱいになりました。窓口に起こしください』という表示が出て、まだ余白があるのにそこから先に進まないのだ。忙しさに不精な性格も手伝って、暫くほったらかしにしていたのだけれど、先日ようやく時間とついでができたので、銀行に向かった。人も少なかったので、窓口にお願いしようと思って進んだら、受付の男性に「機械でもできますからこちらへ」と通帳記入用の機械の前に促された。いわれるまま機械に通帳を入れたのだが、随分放っておいたせいか、『はじめ → → 終わり』と表示された画面の矢印がなかなか進まない。5分以上かかってようやく最後の矢印が点滅したとき、『ガタン』という音とともに機械が動かなくなってしまった。

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投稿者 管理者 : 2008.2.14 | コメント (0)

クッキーは不死身?

この前の休日、夕方ちょっと小腹が空いたので、何かつまもうと思いキッチンに立った。そうそう、缶のなかにもらいもののクッキーが残っていたはず! 熱いコーヒーとともに、さあ食べようと袋を破ろうとしたとき、きつね色に焼けた生地に青黒い斑点が浮いているのが目に入った。
…え?? まさか、カビ??
まさしく、紛れもなく、どうみてもカビである。ちょっと待ってよ、これ、もらってそんなに経ってないはず。普通クッキーとか焼き菓子って、結構日保ちするもんでしょ? 賞味期限が2、3ヶ月先なんて普通の話でしょ? なんで?? 袋を片手に持ったまま、頭のなかでぐるぐる思いがまわる。そう、これは半月ほど前に知り合いからいただいたもの。地元の老舗洋菓子店で販売されている『焼き菓子詰め合わせ』の中のひとつだ。ここは結構人気のお店だが、だからといって支店は出さず、頑なに味を守っていることでも知られている。慌てて袋の後ろを見たら確かに賞味期限は切れていた(汗)。でも今までは、たとえ賞味期限が切れた、何ヶ月も忘れ去られたクッキーであっても、青いカビなんて見たことがなかった。何よりしっかり個包装もされているから、カビどころかそんなに早く湿気ることだってないだろうと当然のように考えていたのだが…。う〜ん、これはやっぱりいい素材を使っているからこそだろう。ちゃんとカビが生えるクッキーを売っているなんて、さすが老舗じゃないか。
・・・・・・・・・・・。
いやいや、待てよ。
というより何より、普通、本来はこれが当たり前なのでは?
冷静に考えたら、クッキーにカビが生えたことより、クッキーにカビが生えないことのほうが実は驚くべきことではないか。
今はもう、食材には防腐剤や保存料が入っていて当たり前の世のなかである。当然ものにもよるが、ある程度は腐らない、日持ちがして当然だ。これって本当は怖いことではないか。でもそれ以上に怖いと思ったのは、クッキーにカビが生えたことに驚いた、自分の意識の甘さである。
去年は大手企業や老舗料亭の相次ぐ賞味期限偽装問題が世間を沸かした。ものごとを偽ること自体、企業として許せない行為だが、まして賞味期限なんて、食べ物を扱う立場としてはあってはならない。私自身、もの凄く憤りを感じた出来事である。けれど、クッキーは不死身とばかりに生えたカビで驚いた自分は、ある意味そんな偉そうなことはいえないかもなあと、ちょっと反省した次第である。

投稿者 管理者 : 2008.1.31 | コメント (0)

思いは叶った!

お正月気分もすっかり抜けた頃だが、ちょっと戻って忘年会の話。知人に誘われたその会は、立食形式の大きなパーティーで、会場内はまるで花が咲くようにあちこちに人の輪が出来て賑わっていた。ほとんど初対面の人ばかりだったが、みなさん気さくな方であっという間に打ち解け、食もお酒も会話もどんどん進んだ。途中好きな本の話になり、何気なく「今こういうのを読んでいるんですよ〜」と話をしたら、輪の中の一人の方が、「それなら、彼が詳しいですよ! ご紹介しますよ」といって、別の輪からある人を連れてきてくれた。


「○○さんですよ」と紹介してもらった名前を聞いて急に思考がフル回転を始めた。あれ? この名前、前に聞いたことがある。もしかして・・・・・・。なんとその方は、新たな発想で人とモノを結ぶ注目の若手企業家として、以前TVで特集されていた人だったのだ。私は何よりその『新たな発想』に感激し、それからすぐにHPを調べてサイトを見まくり、すっかりその姿勢に共鳴して、できることならいつか会って話を聞いてみたい、なんて大それたことを思った、まさにその人だったのである。まさか、ここで会えるなんて!!


まだ20代の若き社長は、奢った素振りは微塵もなく、それは気さくに本について話してくれた。もちろん、何より話してみたかった仕事についてもあれこれ語ってくれた。TVで見たのは1〜2年程前のことだろうか。会ってみたいとは思ったけれど、現実にはその手段を何ひとつ持ち合わせていなかったので、夢物語のはずだった。だから、本当に驚いた。一般ピープルの私が普通に暮らしていて会えるはずがない人である。


こんなこともあるものなんだなあ、という不思議な思いで帰路についた。そこで思い出したのが、数ヶ月前に会った知人の台詞だ。ずっと年賀状だけのやりとりだったのだけれど、ひょんなきっかけで久々に会いましょうということになり、6〜7年ぶりに再会した。私よりもいくつか年上の女性で、ずっとフリーで仕事をしていたのだけれど、実は今年(07年)から会社を興したのだという。思い出したのはそれを伝えてくれたときの一言である。「私、今年の初めに何気に“会社興そう!”って思い立ったの。そう思ったらね、あれよあれよといろんな縁が繋がって、本当に会社が出来ちゃった。そう、心から思ったことは、ちゃんと叶うのよ!」ずっとフリーで仕事をするつもりだったから、自分が一番驚いているの、と彼女は笑った。『思ったことは叶う』その台詞は深く重く心に入った。『ほんとだなあ。やっぱりそうなんだなあ』彼女とはまた違うパターンだけれど、ほろ酔い気分の電車の中で、思わず私は頷いてしまった。


『やっぱり』と思ったのは、前にもそんな話しがあったから。実はこの旨の話を書くのは二度目で、『思いは叶う』というそのままのタイトルで以前にコラムにアップしている。(元プロ野球選手の同級生の話、覚えていただいてますでしょうか?)自分自身でも経験すると益々確信する。強く思えば必ず引き寄せるものなのだと。思いは本当に叶うと。


お正月は過ぎたといってもまだ年の初め。あらためて今年の目標や願い事をしっかり心に描いてみてはどうだろう。一年後には思いが形になっているかもしれない。

投稿者 管理者 : 2008.1.10 | コメント (0)

お節料理と母

今年も残り僅か。皆さんお節料理はどうされますか? 手作り? 市販品? 我が家は父が「正月ぐらいゆっくりせぇ」と働き者の母を気遣って(役立たずの娘のせいで、ともいう)、ここ何年か料理屋さんやらデパートなどでお重を注文してくれるのだが、母は「ありがとう。今年は何もしないわね」と言いながらも、それでも大晦日には朝から台所に立ってなんやかんやと作っている。料理屋のお重の横で、黒豆、たたきごぼう、慈姑、紅白なます、数の子、お煮しめなどが、それはそれは手際よくテーブルに並べられる。


母がお節を作る際に必ず出してくるものがある。『お正月料理』と題した古い料理本と新聞の切り抜きだ。私が小さい頃に母が購入した本で、写真はすっかりレトロになってしまったが、本棚から必ず引っ張り出してくる。どの料理も手馴れたもので、もはやレシピなんていらないだろうに、母はなぜか本を開いて今年のお重の中身を決める。新聞の切り抜きは『土井勝の黒豆の炊き方』。これも私が小さい頃に新聞に掲載されたもので、もう端っこが茶色くなっているのだが、何年経っても、この切り抜きのお世話になっている。


たたきごぼうもお煮しめも大好きだが、母が炊いてくれるこの黒豆は何より大好物。娘がいうのもなんだが、ふっくらと艶やかで、なんとも柔らかくジューシーに炊き上がる黒豆は、お節でお腹いっぱいでも、ついつい食べ過ぎてしまうくらいの美味しさだ。「このレシピは失敗が無いのよ。これで作ったら絶対シワなく美味しい黒豆に煮上がるの」母は毎年炊き上がった艶々の黒豆を見ては嬉しそうにこの台詞をいう。その言葉どおり、母が失敗したのを見たことがない。


のちに知ったことだが、この黒豆の炊き方は家庭料理研究家の故・土井勝氏が、家庭で上手にシワのない黒豆が炊けるようにと、何度も試行錯を繰り返し、10年以上の歳月をかけて出来上がったレシピだそうだ。合わせた煮汁に豆を一晩漬けてから炊くというやり方で、家庭でとても簡単に料亭のような仕上がりの豆ができる。この方法は黄金レシピともいわれ、大変画期的なものだったらしい。何十年とこのレシピで黒豆を炊いている人は多く、今でも変わらず人気だという。


社会人になって、自分が買った雑誌にこのレシピが綺麗なカラー写真つきで掲載されていた。思わず母にプレゼントしたけれど、それでもやっぱり母が年末に取り出すのは、雑誌ではなく、手垢のついた新聞の切り抜きだ。家事を終えたあと炬燵に座り、母はこの切り抜きを見ながら、去年の同じ頃を思い出して、そこから一年を回想するのだろう。来年もまた家族が同じように『マメ(豆)に暮らせますように』と、縁起を担いだお節料理の『謂れ』と同じ思いで、準備を始めるのだろう。きっと料理本も切り抜きも、レシピなんて関係なく、そこには母にしか見えない家族の年輪が刻まれているのに違いない。
幼い頃から、そんな風に年の瀬を迎える母の姿を見るのが、なぜか私はとても好きだった。家庭を預かるものにしかできない、一年の締め括りの仕事。男が挨拶周りで仕事納めをするように、それは母にとっても、年を納めるのに欠かせない仕事なのだろう。町のせわしなさよりも何よりも、私もまたそんな母の姿に何より年の暮れを実感したものだ。


それでも、せめてゆっくりしてほしいと「今年はもうお節は作らなくていいからね!」と父とともに娘の私からも念を押すのだが、たぶん今年も同じことになるのだろう。母にとってお節料理を作ることこそが、大事な年越しの慣わしなのだ。


そういう私は、今年も仕事でバタバタして、ぎりぎりで実家に戻る、いつものパターンになりそうだ。そういえば(?)今年も嫁に行かなかった(笑)。『いつかは母のように』そんな思いは今年もお預け。私はまだ、母の作った料理を美味しい、美味しいといってただ食すのみの、『娘』でしかない。

投稿者 管理者 : 2007.12.13 | コメント (0)

何かおかしくない?

10月の終わりのある日のこと。自宅のマンション前の公園から女の子の高らかな歌声が聞こえてきた。声の感じから察するとおそらく高校生だろうか。一人が歌い出すと二人、三人と続き、途中からは大合唱になって大騒ぎである。夕方の学校帰りの女子高生の一風景としては微笑ましいのだが、そのとき時間は日付も変わった夜中の1時過ぎ。「こんな時間に女の子がなんで・・・??」ちょうど布団に入ったところでウトウトしかけだったが、思わず起きて窓から外を見た。けれど、暗闇でどこに何人いるのかさっぱりわからない。窓を閉め、時間も時間だしすぐに止むだろうと布団に入った。


が、なんのなんの、歌合戦はエスカレート。歌ったかと思えば、「ぎゃはははは〜♪」と大笑いし、少しボソボソと話したかと思うと、誰かがまた歌い出す。そんなことを延々と繰り返し続けた。もちろん音量なんて気にする様子一切なし。「なんで夜中に女子高生が集まっているわけ?? しかもこんな時間に大声で歌うなんて何考えてんの??親は何してるの??」眠りを妨げられた私は、イライラもすぐにMAXに。しかし、そこは女性の一人暮らし。このご時世、深夜に独りで公園に出向き、高校生に説教するのも正直怖く、歌が始まる度に心の中で「あほーーーっ!!」と叫ぶしか術はなかった。結局、それから1時間余り歌合戦は続き、とうとう私は耐えかねて警察に通報した。


先日久々に会った友人にこの話をしたら、「今時の子はそんなのざらみたいよ」と答えが返ってきた。なんでも友人の知り合いが中学校の教師をしているらしく、その教師の女性から聞いたという話を教えてくれた。


ある日の深夜2時。彼女の自宅にえらい剣幕で女子生徒の母親から電話がかかってきた。「うちの子がまだ学校から帰ってないんですけど、せめて日付が変わる前に帰してください!」と。その生徒は彼女が顧問をしている文科系クラブの生徒だった。深夜の2時である。もちろん、クラブ活動はちゃんと夕方には終わっていて、彼女もすっかり布団の中で深い眠りについていた。「中学校のクラブ活動が深夜になるなんて有り得ない!」と一喝し、すぐ警察に連絡するよう話したが、母親はまったく納得せず、最後まで子供の「クラブが忙しいから遅くなる」という言葉を信じて学校の責任にしていたらしい。結局、彼女が警察に通報し、警察官と一緒に学校の周りを探し回ったら、なんと友人数人と一緒にコンビニでお菓子を食べながら遊んでいたというのだ。その子供達はみんな、「クラブの先生が厳しくてなかなか帰してくれない」と親に伝え、毎日遅くまで遊んでいたのだという。


たぶんその母親は私と同じ位の世代だ。しかし、独身の私だって、中学生のクラブ活動が深夜になるなんて有り得ないことだと判断がつく。ましてや今のご時世、まだ14、15の女の子がご飯時に帰ってこなかったらすぐに心配になるだろう。嘘をついて夜中まで遊んで平気な女子中学生もすごいが、そんな嘘を信じ続け、しかもご飯も食べてない娘を深夜2時まで放っておける親の心理がさっぱり理解できない。その時間、親は何をしているのだろう。「一体どんな家なん??」思わず突っ込みたくなるくらい不思議だ。


「きっとさ〜、その公園で歌ってた女子高生も親に『クラブの先生が厳しいねん』って言って遊んでいるんかもよ?」そう友人に言われ、脳天気に騒いでいた彼女たちを思い出して、あながちないことではないなあ、なんて思ってしまった。いやいや、妙に納得している場合じゃない。教師の彼女が体験した話はいつまでも『珍しい』事であってくれなきゃ、世の中益々おかしくなってしまうだろう。

投稿者 管理者 : 2007.11.30 | コメント (0)

忘れられない缶コーヒー

 あったかい飲み物が美味しくなった。コーヒー、紅茶、そして緑茶と、注いだカップを両手で包むと、冷えた手先からじんわり温まるのもいい。缶コーヒーなどは滅多に飲まないが、先日久しぶりに口にする機会があった。
 ちょっと前に些細なことで軽く落ち込んでしまい、くすぶった気持ちを自分のブログに書き込んだ。そのまま数日経った日曜の午後、携帯電話が鳴って出てみると、中学時代の友人からだった。
彼女は今は結婚して、ひと駅向こうに住んでいる。「今アンタのマンションの前まできてるよ。ちょっと出ておいでよ」と。慌てて身づくろいして(笑)外に出ると、彼女が前の公園のベンチに座って手を振っている。
「実家に用事があってこの近くまできたんよ。いるかと思って」 そう言いながら、側の自動販売機で買った缶コーヒーをほいっと手渡してくれた。遠慮なくいただいて、何気なく近況を話していると、ふいに「このあいだブログになんか書いてたけど、大丈夫なん?」と尋ねてくれた。
読んでくれていたのかとびっくりしながら、簡単にいきさつを説明して気持ちは少し落ち着いたことを伝えると、「ならよかったよ。まあ無理しないことやね」とひとこと。それから少し何でもないことを話すと、じゃあ実家に行くから。またね、とバイクに乗って帰っていった。
ああ、大丈夫かとさりげなく顔を見にきてくれたんだなあ。手にしていた缶コーヒーもなんだかとてもあったかくて、じんわり胸に染みてきた。

部屋に戻ると、ふと昔の出来事が甦ってきた。二十代の半ば、年末の1ヶ月ほどを会社の東京事務所に出向き、同い年の男性スタッフと組んで働いたときのこと。      
彼は無口で、必要なこと以外余り話さなかったが、腰が軽く、いつもさりげなく気配りができる人で、同い年ながら尊敬していた。
ある日、一緒に行った打ち合わせ先で、私は大きなミスをしてしまった。彼と一緒になんとかその場は取り繕ったものの、頭の中はもう真っ白である。帰途、そんな私に、彼は『社長に相談しないとな』と一言いっただけで、あとは一切何も言わなかった。私のミスを責めるでもなく、かといって大袈裟に励ますわけでもなく。ただ、いつもと同じ態度で黙っていた。
誰もいない事務所に戻ったものの、私はしばらく自分の机にうつ伏せたまま放心状態だった。どれくらい時間が経っただろう、静かな事務所でいきなり「はい」と彼の声。見上げると、側には彼が差し出してくれた温かい缶コーヒーが。彼はそれ以上何もいうことなく、自分の席に戻っていつもと変わらず淡々と仕事を続けていた。私は言葉が出ないまま、涙が出そうになるのを抑えながら、その缶コーヒーを飲み干したのを覚えている。本当に、心の奥まで温めてくれるコーヒーだった。

その後、事態はなんとか大事にならずに済んだ。彼も今は独立して頑張っていると風の噂で聞いた。彼がくれたあの缶コーヒーの温かさは、何年も経った今でも忘れられない。缶コーヒーから伝わる彼の優しさがどれだけ私の心を救ってくれたか。そして、この間彼女がくれた缶コーヒーも。私にとってこのふたつの味わいは、たとえ世界で一番最高級といわれるコーヒーであっても、絶対かなわないだろう。

投稿者 管理者 : 2007.11.15 | コメント (0)

『デキ婚』??『サズ婚』??

ちょっと前に電車に乗ったときのこと。何気なくドアのあたりを見ると、結婚式場の広告が目に入った。ウエディングドレスに身を包んでにっこり笑う女性モデルの横には、大きく『授かり婚プラン』というタイトルが。

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投稿者 管理者 : 2007.10.25 | コメント (0)

魅せられた二輪の椿

赤の次は白ですか〜。
『やられたなあ、もう』そんな思いでCMを見た。去年の春に新しく発売された某化粧品メーカーのシャンプーの第二弾である。第一弾の『赤TSU○○KI』はなんでも日本で昔から髪によいとされてきた椿油の成分を配合した、『日本女性』の髪の美しさを引き出すシャンプーというもので、これが爆発的に売れたそうだ。先日、1年半経って発売された第二弾『白TSU○○KI』は、椿のなんちゃらという成分が髪のダメージを補修するという、日本女性のためのダメージケアシャンプーらしい。

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投稿者 管理者 : 2007.10.04 | コメント (0)

恐るべし絶対音感

中学時代の友人とひょんなことから●●年ぶりに再会し、ランチを共にした。彼女は当時ブラスバンド部でフルートを吹いていたのだが、今はその道でプロになったという。凄いなあ〜! と思いながら色々話していると、面白いことを聞いた。彼女は今2歳の男の子のママさんなので、童謡をはじめ色んな歌を唄って聴かせているそうだが、そんななかで、いつも気持ち悪いのが『ドレミの歌』だそうだ。『ドはドーナツの』だけれど、実際の音階は『ドレミドミド』。『』の音階で聴こえるところを『』といいきって唄うところがどうしても許せないそうだ。さらにそのパターンが『ファはファイトのファ』まで続くから、気持ち悪くて悪くて、とのこと。いわゆる『絶対音感』を持っているので、そういう弊害が出るそうだ。普段でも、救急車のサイレンやら、時計の時報、電子レンジの加熱終了音まで音階で認識してしまうから結構やっかいだとか。一般人が気にならない雑音まで『音階』になるのだから、まったく私達とは異なる世界を生きているといえる。「全部まともに聴いてたら生きていけへんよ(笑)。今は適当にシャットアウトできるようになったし」と笑うが、私的には毎日どこでもミュージカルみたいだし、新しいバイリンガルのようで素敵じゃないかと思う。文字を読むように、書くように、すらすら音符がでてくるなんて、いまだ音符は指で数えなきゃ読めない私にとっては憧れの世界だ。

そういう彼女の息子さんも、やはり血を引いている。以前音楽教室に体験入学に行った際、生のピアノ演奏が流れているときはノリノリで身体を揺らしていたのに、シンセなどから合成した電子音が流れると、途端に耳をふさいで立ちすくんでいたという(当然、その音楽教室には入学しなかった)。「もう絶対遺伝子は音符よ!」といってお互い笑ったけど、ウソのような本当の話である。『絶対音感』の取得はまだこれからだろうけど、普段から生の楽器音の中で育てられた彼は、『本物』をききわける『音感』がもうしっかり備わっているのだ。さらにニセモノに対してちゃんと耳をふさぐ行為は、なんて純粋なんだろう。私なんて、普段は世の中の様々な『雑音』に慣れきって、良くも悪くもとりあえずはそれらを容認してしまっているのに。残念ながら『絶対音感』はもう身につかないけれど、何か違うことに対して『気持ち悪い』とか『NO』といえる『感覚』は、やっぱりちゃんと持っていたいなあと思ってしまった。

最後に、ちょっと聞いてみた。「もしかして、●●ちゃん(息子さん)の産声も音階で…??」「もっちろん、ラドシラ〜♪って泣いたよ(笑)」。

投稿者 管理者 : 2007.9.10 | コメント (0)

美しい人

あつ〜〜い!!
この猛暑にやられて自宅ではすっかりだらだら気味の私。体質的に長時間のクーラーには耐えられないので、部屋では短パン、ノースリーブで最大限の涼をとる。ときには団扇をパタパタ、保冷剤を包んだタオルで首を冷やしたりして、もうすっかり見た目はオヤジ。というか、今話題(?)の『干物女』と呼ばれても仕方がない格好で、仕事以外の夏の時間を過ごしている。

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投稿者 管理者 : 2007.8.23 | コメント (0)

思いは叶う

高校時代の同級生に元プロ野球選手がいる。
同級生、といっても同じクラスになったこともなく、話したこともない。
名前と顔を知っている程度の存在だった。
向こうは私のことなど知らないだろう。きっと記憶にはないと思う。
彼は親友と同じクラスだったので、私の方はよく顔を見かけていて知っていたのだ。見上げるような大きな体に日焼けした真っ黒な顔はもちろん、何より思春期の坊主頭は目立っていた。
公立の強くもなかった高校にスカウトなんてくるはずもなく、大学か、社会人かでスカウトされたらしい。


それから投手としての彼の活躍は、同級生に会うたびに話題に上がったり、テレビで観たりして、時々耳に目に入ってきた。阪神タイガースの選手としてオールスターに出たときは、画面を観てちょっと感動した。出場を終え、『どうやったら野球が上手くなりますか』という子供からの質問に笑顔で答えていた彼はとても眩しかった。
数年前、母校の先生に近所で偶然会ったとき、
「彼は野球部にグローブやらバットやら、いろいろ道具を寄付してくれているんよ」という話を聞いて“偉いなあ”なんて思っていた。


この間、親友とご飯を食べたとき、何気に彼の話題になった。
親友は当時よく彼の隣の席になっていたらしく
「朝練と授業終わってからの練習で 毎日そりゃあよう寝てたわ。
ウトウトとかじゃなく、ほんまに机につっぷして寝てたよ」という。
確かに野球部の練習は厳しく、そういえば私のクラスの野球部の友人も、
授業中それは見事によく寝ていたのを覚えている(笑)。
「でもね・・・」親友は続ける。
「俺は絶対プロ野球選手になる!!」
彼は毎日そう口癖のように言っていたと。
聞き飽きるぐらい、そう言っていたと。
それを聞いて、心が震えた。
『ああ・・・すごい。すごいな・・・。ほんまに夢、叶えたんやなあ・・・』
あきらめず、 夢を掴んだ彼に感動した。
厳しいプロへの道。
彼の思いの強さが引き寄せた運命に、心の底から感動した。
そして思った。 強く信じて進めばやっぱり 夢は叶うんや・・・と。
今になって親友から聞いた言葉で、過去と現在、私の中で何かが繋がった。

2年前のシーズン終了後に彼はユニフォームを脱いだ。
その年齢まで投手として現役を続けられたのはすごいと思う。
ある監督に呼ばれ、昨年からコーチとして再びユニフォームを着て頑張っていると聞いた。なんて素晴らしい野球人生だろう。ほんとにそう思った。

「ありがとう。
あなたの活躍は名前も知らない同級生を、とても励ましてくれています」
できることなら、そう彼に伝えたい。
これまで様々な場面で、私の背中を押してくれた彼の姿に感謝している。
もしも、そんな時が来るなら・・・・・・。ちょっとは自分も胸を張って伝えられるようでありたいな、なんて思っている。

投稿者 管理者 : 2007.7.26 | コメント (0)

パン屋考

私はパン屋さんに行くたび、どこのお店でもいつも疑問に思うことがある。ケーキだって和菓子だってなんだってショーケースに入れて売られているのに、何故、パンは『ハダカ』なんだろう。どのお店も最近は迷ってしまうほどバリエーションが豊富になっていて、パン好きには嬉しい限りだけれど、それらをそのまま『ハダカ』でトレイに並べて売るなんて、『美味しそう』以前に結構『不衛生』と思うのは私だけだろうか。先日某百貨店の有名なお店に行ったときもこんなことがあって驚いた。

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投稿者 管理者 : 2007.6.28 | コメント (0)

今の、空耳??

まだ20代初めの若かりし頃、姉と二人で初めて海外旅行をした時の話である。右も左もわからない私達が選んだのは、当然よくあるパック旅行。一週間ほどでパリ、スイス、オーストリア、ドイツなどを主にバスで巡る旅だった。思いのほか人気のパックだったようで、40名ほどが集まった。半分以上は定年退職した夫婦や中年のおばさん団体、残り5〜6組が新婚旅行のカップルという中で、姉妹参加の私達はなかなか浮いた存在だったように思う。

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投稿者 管理者 : 2007.6.07 | コメント (0)

懐かしく思う

先日、久しぶりに同級生の集まりがあった。事前にまったく聞かされていなくて驚いたのだが、なんとそこには中学時代お世話になった担任の先生も参加され、○×年振り、卒業以来の再会に華が咲いた。

「今は何をやってらっしゃるんですか?」先生にそう尋ねられて、ちょっと戸惑った。私の中ではいつまでも『先生』に変わりなく、あの頃のように「おい、○○、今何やってんねん?」そんなノリで話しかけてもらえるような気がしていたからだ。あの頃の先生の歳をとうに越えた私達。目の前に並ぶオジサン、オバサンに先生がそう尋ねるもの無理はない(笑)。
その先生は当時バスケットボール部の顧問で、厳しいことでそれはそれは有名だった。ミスをすればスリッパが飛んでくることは日常茶飯事、ときにはパイプ椅子が飛んでくることもあったという。集まったメンバーの中にはバスケットボール部に所属していた者も多く、話はそのパイプ椅子のことで盛り上がった。先生はどうも記憶になかったようだが(笑)、ひたすら「すまんかった」と謝っていた。そして「今そんなことは絶対できない」そう、ポツリといった。
そこには、あの頃の『怒ったら怖い先生』の姿はもうどこにもなかった。

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投稿者 管理者 : 2007.5.09 | コメント (0)

そこまでしたい??

先日、友達からこんな話を聞いた。
彼女は大の銭湯好き。家のお風呂では物足りず、主婦業と仕事の合間に少しでも時間ができれば真っ先に近所の銭湯にひとりで出掛けるという。この前しばらくぶりにお気に入りの銭湯にいったそうだが、そのときの出来事である。
彼女はさて身体を洗おうかとシャワーの所に行き、若い大学生くらいのおねーさんの隣に座った。シャワーの栓をひねろうと何気なく隣をみると、何やらごそごそ……おねーさんは身体を洗うわけでもなく、膝の上に置いた乾いた白いタオルをずっと触っている。あれ? と思いよく見ると触っているのはタオルではない。なんとそれは、タオルで包んでいた

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投稿者 管理者 : 2007.4.12 | コメント (0)

『いかなごのくぎ煮』に想う

「ああ、春が来てんなあ」包みを開けて呟いた。実家の母から『いかなごのくぎ煮』が届いたのだ。いかなごを甘辛く煮て仕上げた、神戸を代表する春の味、郷土料理である。炊き上がった姿が『折れ曲がって錆びた釘』に似ていることからこの名があるという。何年も前に、母が神戸に住む親戚に習ってからというもの、『いかなご炊き』はすっかり我が家の恒例行事(?)となった。
まだ実家で暮らしていた頃の話。深夜残業に追われた日々の中、やっと一段落してとれた念願の『代休』の日のことである。

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投稿者 管理者 : 2007.3.22 | コメント (0)

<名古屋・華麗なるランチ>

先日、仕事で名古屋に行ったのこと。その日は午後から日本料理店で取材・撮影の予定で、カメラマンの男性と二人、手早くお昼ご飯を済ませようと、取材先のお店の近くにあるちょっとこじゃれた感じの洋食屋に迷わず入った。お互いぱっと眼に入った1000円の日替わりランチを注文。ほどなくワンプレート仕立てのランチがテーブルにやってきた。蓮根や牛蒡など根菜をメインにした野菜サラダにポテトサラダ、 チキンのいためもの、フルーツゼリーと、どれもたっぷり大皿に盛られていてなかなかのボリュームだ。ライスはまだかなあと思いながらも急いでいることもあったので、ふたりとも無言でぱくついていた。ウエイターが食後の飲み物を聞いてきたので『飲み物もついて1000円は嬉しいなあ』と思いつつ食べ続けていると、ようやく真白い器にこんもり盛られたご飯が……と思いきや、それには茶色い液体が…
なんと、運ばれてきたのは『カレーライス』!!
 
ま、まじですか〜!! 

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投稿者 管理者 : 2007.3.08 | コメント (0)

「アナタはなんて答えますか?」

またまた独身女の独り言です。さらりと読み流してやってくださいませ。

「早く結婚するのと、あとから結婚するのと、どちらがいいですか?」
友人が経営する居酒屋さんでのできごと。まだ20歳だというアルバイトの女の子が友人と話をする私に、真剣な顔で聞いてきた。
30+●歳、まだ独身真っ只中の私に尋ねる勇気にさすが20歳!と思ったが(笑)
私は間髪入れず「“結婚”がしたいなら、早く!」と答えた。
ちょうど数日前に独身女性3人で話した話題がまさしくこれで、3人が出した答えをそのまま伝えたのだ。
この歳になると『愛』だけでは生活できないことをしっかり悟り、若い頃と『結婚』に対して望むものが違ってくる。

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投稿者 管理者 : 2007.2.14 | コメント (0)

2007おせち考

お正月。ひとり暮らしの私は実家に帰ってのんびり三が日を過ごした。ここ数年、大晦日のぎりぎりに帰っては年末の大掃除すらまともに手伝うことのないふつつかな娘だ、おせち作りも当然手伝うわけがない(汗)。役立たずの娘を持つ母を気遣った父が、今年のおせちは某百貨店のそこそこのお店で購入してくれた。

元旦の朝、厳かな気分でお重を開けて食卓に運ぶ。棒だらや紅白なます、田作り、車海老、黒豆と、お正月ならではの品が所狭しと並び、合鴨ロース煮や牛ヘレ生姜煮などもあってやはり豪華である。さらに母が作り足してくれた数の子や慈姑の煮物などにお雑煮も加わり、ご馳走づくしだ。「これ美味しいね」「こっちはお母さんのほうが上手よ」などと家族で感想をいい合い、舌鼓を打ちながら、元旦朝の宴は無事に終了した。

食後のお茶を飲みながら、お重に添えられていた『おしながき』に目を通してみる。ふむふむ、やっぱり結構な品数やわ〜、などと思いながら、続いてセットなっていた『使用原材料名一覧』なるものを見ると……びっくり。『酢酸Na』『Ph調整剤』『増粘剤』『酸化防止剤』…いわゆる添加物だらけではないか。入ってないメニューを探すほうが一苦労である。おいおい…コンビニのお弁当の裏側を見ている気分だ(確かにコンビニのほうが添加の数は上手だが)。これってれっきと福沢諭吉を何枚か出して買ったはずなのに、まさに『おせちよ、お前もか』である。

確かに、今の世の中無添加の市販品のほうが珍しいことくらい認識していた。入れざるを得ないものがあるのもアタマのなかではわかる。けれど一応『高級』と名をうった料理、何より新年を祝う日本の伝統料理『おせち』にまでこれだけ使われているとは。材料表記が厳しくなったとはいえ、こんなにあからさまに明記されていると、まるで『ニセモノ』の美味しさを突きつけられたようでショックだ。確かに、食べて即倒れるような毒ではないけれど…わざわざ買ってくれた父には悪いが、一気にお正月気分もトーンダウンしてしまった。

よく考えれば、本来「おせち料理」は保存食のひとつであり、もともと濃い味付けで色も悪く、地味な料理で当然である。長寿を願うたたき牛蒡に身体に悪い添加物なんて、保存料に浸したお漬物と同様本末転倒だ。第一もう元旦だってお店は開いている時代、保存食の意味もなくなってきたのに保存料などを使うのもまた滑稽である。ああ、本当のお正月ってなんだろう、伝統ってなんだろう。大事なものが抜け落ちて、輪郭ばかりがまっとうなように存在する。新年早々、マニュアル社会に共通するような世の中のおかしさを痛感した。

でも、せっかくだしもったいないし、もちろん相応に美味しかったので残さず食べた。父が色鮮やかすぎる栗きんとんに箸を出せば「あ〜着色料いっぱいやけど…」、母がふっくら艶やかな黒豆を口に入れれば「それ甘味料いっぱいやし…」などと思ったものの、もちろん口には出せず。キッチンで空になったお重を洗いながら妙に申し訳なくなり、お母さん、お父さんごめんなさい! 今年の年末はおせち作り(できたら大掃除も…)ちゃんと手伝います! と、心
に誓った自分である。いや、それより先に嫁にいくほうが確実な親孝行か(汗)。

投稿者 管理者 : 2007.1.10 | コメント (0)

名古屋→京都 ノンストップ!

先日の東京出張から帰阪する新幹線のなかでのできごと。3列席の通路側に座ってのんびり転寝していた。名古屋に着くと、ぽっちゃりした女子大生風の女のコが空いていた窓際席に。引き続きうとうとと頭を揺らしていたらなにやらガサゴソいう音が。 夜も9時過ぎ、『遅めの晩ご飯かな』と思って何気に見たら、膝にはあんパンが3つ入った袋、左手で携帯電話のメールを打ちながら、右手であんパンを持ってむしゃむしゃ食べていた。『あ〜おやつね』と目をつぶっていたら 何度もガサゴソ音。見てみたら なんと彼女の右手はあんパンの最後のひとつに手をやっているではないか。
ひとりであんパン4つ?? こんな時間に…
すごいなあ〜、と思いつつ、ひどく疲れていたので目を閉じる。でもしばらくするとまたゴソゴソ。ゴミでも捨てているのかと思って目を開けると、今度は足元のバッグから赤いチョコプレッツェルの箱が登場! あんパン4つの次にプレッツェル…いや〜見てはダメだと思いつつ、目はもうしっかり釘付け状態。一定のリズムで2本ずつ正確に個袋から取り出しては、器用に1本ずつ口へ運ぶ右手と、休むことなく動き続ける口元、そして携帯電話の上をマシンのように素早く動き続ける左手の親指、そのトライアングルから目線を外せられなくなった自分は、無意識のうちに彼女が食べたプレッツェルの本数を数えてしまっていた(おいおい)。しかしその甲斐もなく(?)、なんと彼女は結局ひと袋全部をポリポリと平らげてしまったのだ。
………。
おおお〜っと心の中で歓声を上げているのも束の間、彼女の手はプレッツェルのゴミを捨てたかと思うと、足元のバッグからさらに『ピーナッツクリームサンド2個入りパック』を平然と取り出したではないか。
まじですかあああ!!
絶対太るよ〜、それ以上太ってどうするの〜(失礼だが)、糖尿になるよ〜(余計なお世話だが)、などといらぬ心配をしている私におかまいなく、もちろん、2個ともぺろり。左手で携帯電話、右手にお菓子、というスタイルを崩すことなく当然のように。 流石に見ているほうが気持ち悪くなってきた。気を取り直そうとお茶のペットボトルに手を伸ばしたら、なにやら彼女もまた足元のバッグに手を伸ばしていた。え? まだ? と目を疑ったが、彼女の右手はしっかりイチゴヨーグルトドリンクのパックを取り出している。
……どうやら口直しのデザート(?)はイチゴドリンクのようだ。こちらも携帯電話を見ながらチューっと 一気飲みの様子(汗)。そんなこんなで京都に着いた。流石にこれ以上もう出すものはなかったみたいで、やっとお腹も落ち着いたようだと人ごとながら胸をなでおろしていた(さらに余計なお世話!)。私も彼女も大阪で席を立ったのだけれど、結局新幹線と同様、名古屋から京都まで彼女の口も左手もノンストップだった(たぶんこの間に通常の1日分の摂取カロリーを軽くクリアしていることだろう)。
まるで自分の部屋で寛ぐかのように、節操もなく(言葉は悪いが)、延々と甘いものを食べ続け、延々と携帯電話でメールを打ち続けた彼女。なんだか電車でメイクをするイマドキの女性と同じ気がした。豪快な食欲以上に、実はそのほうが気になっていた自分である。まあ、携帯電話を手離さなかったところもイマドキだなあと、その辺も妙に納得しながら改札を出た。でも、携帯のメールの相手が彼氏だったりしたら…一人暮らしの部屋に帰る自分にとっては、そうなるとちょっと(かなり?)納得できない話になるが。

投稿者 管理者 : 2006.12.05 | コメント (0)

『ハグ』が人を救う

私の友人で、会えば必ずハグ(hug)をしてくれる人がいる。日本ではまだ馴染みのないこの行為に最初は気恥ずかしかったが、「会えて嬉しい!」という思いを言葉でなくダイレクトに伝えてくれることがなんだか心地よく、照れながら私もハグを返すようになった。

そんな折、別の友人から「これいいよ」とネット上のある映像を教えてもらった。すすめられるまま見てみると、映像は外国人の男性が路上で『FREE HUGS』と手書きされた大きなボードを持って歩いているところから始まった。その男性は道行く人に微笑みかけながら、ボードを掲げて歩く。最初はみんな通り過ぎていくだけだった。笑いながら行き過ぎる人もいた。それでも彼はボードを掲げて歩く。

暫くすると、ひとりのおばあさんが道の端から彼に歩みよってきて何か話しかけた。彼はすぐそのおばあさんの小さな背丈に合わせてかがみ、大きく手を広げた。そして二人はしっかりとハグを交わした。それまで白黒だった場面がそこでカラーに変わり、そこからは男性がボードを掲げながら、道行く人とハグをする映像が続く。男性、女性、若者、子供、様々な人とただ抱き合う。ハグのあとに起こるのは必ず笑顔。時にはその彼以外の人にボードが譲られ、そこでもまた新たなハグが生まれる。いろんなハグの形が音楽とともに流れていく、映像の内容はざっとこんな感じだった。

こんなに心和む映像を見たのは久しぶりだった。見ず知らずの人たちが、ハグをするだけでこんなに笑顔になれるなんて。ただ映像を見ていただけなのに、自分もみんなとハグをしたような気分になってなんともいえない幸福感に包まれていた。あとで調べてわかったのだが、これはオーストラリアの男性が数年前に行ったことらしく、『フリー ハグ キャンペーン』として今では世界のあちこちでその活動が広がっているのだとか。

『ハグ』この行為のあとになぜみんな笑顔になるのだろう。両手で大きく相手を包みこむ行為。それは、無条件でその人を受け入れるということ。いくら言葉を交わしても難しいことが、たった一瞬で伝わる。考えたら、魔法のような行為なのである。

巷では毎日心痛むニュースが流れている。若い命がいじめの犠牲になったり、自ら命を落とす人がいたり。何度惨劇が繰り返され、文明が発達しても、戦争もなくならない。極論だが、戦場の兵士たちがみんなでハグをし合えば、戦争なんてできなくなるんじゃないか、そんな風にも思う。

じゃあ明日からハグを広めよう! なんて言い出すつもりはない。でも、相手をまず受け入れるってことができたら素敵なんじゃないかな、とは思う。身体でハグはできなくても、心の中で相手をハグしてみるっていうのはどうだろう。好きな人はもちろん、ちょっと苦手な人にも。そうしたら、昨日より少しだけでも気持ちよく過ごせそうな気がするのは、映像に影響された思い込みだろうか。
冒頭の友人に会ったら、今度は自分からハグをしてみようかな。「会えて嬉しい!」はもちろん、『あなたの存在を心から受け入れています』そんな気持ちを私もしっかりハグして伝えてみようと思う。

投稿者 管理者 : 2006.11.07 | コメント (0)

遠くなっていた『ご近所さん』

先日のことである。ちょうど夕飯を食べ終えたときに、玄関のチャイムが鳴った。一人暮らしの我が家。めったに来客なんてないのに、こんな時間に誰だろう。インターホン越しに確かめると、「引越しのご挨拶に参りました」とやわらかな女性の声がした。シャツにジャージという適当な部屋着ですっかり寛いでいた私。ちょっと気になったが着替える時間も申し訳なく、慌てて玄関の扉を開けた。そこには子供を連れた若夫婦が立っていて、目が合うとにこやかな笑顔で会釈した。こざっぱりしたその家族に、やっぱりせめてジーパンにでも履き替えればよかったかなあ、なんて思いつつ、最初が肝心「はじめまして」とこちらも満面の笑顔を返して、ゴムひとつでまとめたアタマをかいた。

あれ? なぜか少しの沈黙が流れる。夫婦二人顔を見合わせたあと、ちょっと言い辛そうな笑顔で奥さんのほうが口を開いた。「あ、あのう・・・明日、引っ越すんです。301号室の、山本です。」・・・・・・え? 次に沈黙したのは私である。子供を抱いた旦那さんが、横で苦笑いを浮かべている。どこで勘違いしたのか、私はすっかりここに越して来た若夫婦だと思い込んでいたのである。そういわれれば、旦那様とは以前マンションの入り口ですれ違ったような気がする。ああでも、奥様は全然記憶にないぞ。いやいや、そういえば何年か前に「引越してきました〜」と挨拶に来られたような・・・・・・。一瞬のうちにアタマの中で記憶がグルグル回る。呑気に格好を気にしている場合ではなかったと冷たく滲む汗を感じながら、「ご、ごめんなさい!」と謝った。そこからどうやってその場の空気が変わったか、あまり覚えていない。とにかく若夫婦は「明日はうるさくしてご迷惑かけますけど、よろしくお願いします」と言って小さな紙包みを渡し、笑顔のまま下の階に消えていった。

何度思い返しても恥ずかしい。「はじめまして」の一言さえ言わなかったらなどと考えるが、何よりショックだったのは、それほどまでに近所付き合いがなくなってしまったことに、今更気がついたからである。小さい頃は、隣のヒロシくんのおばちゃんとか、向かいの田中さんちのおじいちゃんとか、“ご近所さん”がたくさんいて、ちょっとしたお土産やたくさん作った料理などは「お裾分けね」といってもらったり渡したり、親の間でたくさんの行き来があった。私も○○さんちの△ちゃんと呼ばれて、当然のように可愛がってもらっていた。道端で遊んでいたら当たり前のように声をかけてもらい、ときにはアタマを撫でてもらったりしながら家での他愛もないことや学校での出来事を話した。そこにはいつも温かい目があった。

社会人になり、朝から晩まで仕事に追われる日々が増えた。そんな中でひとり暮らしを始め、心を占めるのはいつも仕事か友人との遊びのことで、自分が住む家の周りのことなんて全く無関心だった。毎日テレビや新聞で取り沙汰されるおかしな事件、「原因は社会でのコミュニケーション不足です」なんて解説にそうだそうだと頷き、世知辛い世の中になったものだと偉そうに嘆いていたが、その原因に自分もしっかり加担しているのだと気がついた。親が身を持って教えてくれた大切な事を、自分からすっかり手放していたのである。
世の中も変わり、昔のようにはなかなかいかないだろうけれど、忘れていたことをちゃんと思い出して、できることからしっかりと積み上げていこう。意識のスイッチが切り替わった、そんな出来事だった。

そういえば・・・
管理者の思い出

最近は、引っ越して居なくなるときは、挨拶もなくスッと消える場合も多いわねえ。いろんな事情があるのだろうけど。いちばん困ったのは、ある日から急に隣の奥さんが替わっていたこと。主人はいっしょ、子供もいっしょ、あのおばちゃんは 誰??あいさつに来たのはもう半月も経ってから。これって聞きにくいのよねえ。でもこのご時世、離婚もけっこう当たり前。これもいろいろ理由があるだろうけど。人に言えない、遠くなる「理由」をけっこうみんな背負っているかもねぇ。

投稿者 管理者 : 2006.10.11 | コメント (0)

『便利』は世を救うのか

世の中は相当忙しいらしい。『おサイフケータイ』なるものが結構浸透してきているという。レジ横に設置されている専用の端末に、携帯電話をかざすだけで支払いができるというものだ。「携帯もそこまできたか」最初は電話だったはずなのに、今や音楽プレーヤーに、テレビに、PC変わりに、その変貌はカメレオンのごとく、ついにはおサイフにまでなってしまった。

確かに財布の代わりに今まで『カード』というものがあったが、それを利用するにはいちいちサインをしなければならない。コンビニで105円のパンを買うのに、わざわざカードを使う人はいないだろう。しかし、この『おサイフケータイ』はピッとかざすだけ、煩わしさはない。例えチロル1個でも気兼ねなく携帯を取り出せる。なるほどなあ、確かにスピーディーで便利だ。

『カード』よりも手軽なこの『おサイフケータイ』は、きっとあっという間に若者に浸透するだろう。便利は確かに魅力だ。ただ、その昔『カード』が登場したときも問題になったが、『金銭感覚の麻痺』がさらに加速するのではないか、そんな心配がよぎる。手から手へ渡すのが普通だった『お金を支払う』という行為がこれほど簡便化されると、『心』の中の貨幣価値がどんどん軽くなっていくのではないか。姿形を持つ紙幣や硬貨は、手の中でしっかりと存在感を示す。でも、100円払うのも1万円払うのも同じ携帯では、お金はただの数字にしか思えないだろう。これからお金の価値を学ぶはずの若者が、真っ先にこれを使ったらなおさらだ。それでなくても、命まで軽くなった時代である。そこのところは、大丈夫なのだろうか。便利と引き換えに、また何か世の中がおかしくなりはしないか、眉をしかめながら最新のシステムを眺める自分がいる。

どうも、財布から小銭を探して支払う時間がもったいないほど、世の中はせわしなくなっているようだ。しかし、果たして『おサイフケータイ』で得た時間を人は何に使うというのだろう。競い合って便利を謳う世の中から、実は何も享受していないのでは……? 
そんな風に感じてしまう私は、今のところお財布と携帯が一緒になることはなさそうだ。

投稿者 管理者 : 2006.9.05 | コメント (0)

タイムリミット 

先日ネットのニュースに、80年代、人気を博して解散した某バンドの女性ヴォーカルがソロになってからのベストアルバムを発表するとの記事の見出しを見つけた。彼女のバンドは結構好きだったので懐かしくなって覗いてみると、なんとNYで有名なエンジニアと再婚し、今月はじめに女の子を出産したとの情報が。42歳の超(?)高齢出産である。「へえええ〜!」と思い、早速もっと詳しい記事はないかとネットで検索すると、出産少し前のインタビューを載せたサイトを発見。記事と一緒に、インタビューに応える笑顔や、大きなおなかを大事そうに抱えて微笑む姿が数点掲載されていた。女性ヴォーカリストの先駆者的な存在で、流行の最先端の衣装で弾けていた当時の彼女からは想像もできないショットである。記事はエコロジー関連のサイトだったので、ナチュラルに、産んで育てていきたいとかそういう内容だったけれど、何より驚いて感動したのは、彼女の表情だった。本当にさがし求めていた『場所』にやっと落ち着くことができて(離婚も経験しているし)、そこで一番愛しい人の子供を産む、産める幸せをかみしめているような、満ち足りた笑顔がそこにあった。昔のような化粧っ気は全然なくて、折れそうなくらい細かった姿もどこへやらでぽっちゃりまあるくなっていたけれど(出産前なので当然だが)、『輝いている』という形容詞がぴったりなほど、キラキラとオーラが出ていて本当にキレイだった。「出産前の女性が幸せそうなのは当たり前でしょ」といわれればそれまでだが、またちょっと違う。たとえ『超高齢』という身体的なリスクを背負ってでも『産みたい』と思える人に出会えた、それを跳ね除けられるほど精神的に安心な場所に辿り着いたという、奇跡に近いくらいの出来事を全身全霊で感謝しているような(もちろん、何より土台には経済的に先立つ確実なものがないと無理だが)。彼女が解散してからのプライベートを逐一知っているわけでもないのに、すごく大袈裟かも知れないけれど、私には本当にそう感じられた。若い勢いで子供を産むのもいいけれど、自分をじっくり熟成させて、器もしっかりできるくらいまで歳を重ねてから、そしてこの人なら、と思える相手の子供を産むのはまた、湧き出るものが違うなあ、と実感したのである。
未だ独身の私はこのままいけば高齢出産は必然だし、そのリスクを考えるとシンドイなあと、相手もいないのに懸念していたが、彼女のその姿をみて、なんだかいいなあと憧れてしまった。もちろん、経済的な不安もないことが大前提だ。というか、「この人」という相手にめぐり合うことが一番の大問題だが。でもなんだか彼女のその笑顔がまた、相手を探すのも、もう少し時間をかけても大丈夫だよ、といってくれているようにも見えるのだ。
結局、肉体的な問題さえなければ、彼女が出産した42歳までにはなんとか、と勝手にタイムリミットを上げてしまった自分である。これでいいかどうかは神様のみぞ知る、だけれど。

投稿者 管理者 : 2006.8.28 | コメント (0)